【青い山脈】 唄:藤山一郎・奈良光枝 作詞:西条 八十 、作曲:服部 良一 1949年
(1)
若くあかるい 歌声に 雪崩(なだれ)は消える 花も咲く
青い山脈 雪割桜(ゆきわりざくら)
空のはて 今日もわれらの 夢を呼ぶ
(2)
古い上衣(うわぎ)よ さようなら さみしい夢よ さようなら
青い山脈 バラ色雲へ
あこがれの 旅の乙女に 鳥も啼く
(3)
雨にぬれてる 焼けあとの 名も無い花も ふり仰ぐ
青い山脈 かがやく嶺の
なつかしさ 見れば涙が またにじむ
(4)
父も夢見た 母も見た 旅路のはての そのはての
青い山脈 みどりの谷へ
旅をゆく 若いわれらに 鐘が鳴る
【解説】引用:https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/aoi-sanmyaku.html
『青い山脈』の歌詞における「雪」とは、終戦による古い体制の崩壊と新しい時代の到来が暗示されていて、「雪」は戦前・戦中の古い体制や緊張状態の象徴として使われているとの解釈があるようです。
全体を白一色で覆いつくす冷たい雪は、戦中の冷酷で封建的・全体主義的な傾向の象徴であり、それが終戦により崩れ去った様が「雪崩(なだれ)」という歌詞として暗示されているといいいます。
そして雪崩となって崩壊した雪も、訪れた春の暖かい日差しによって溶け去り、消えてなくなった、と。それが「雪崩は消える」という歌詞に込められているとの解釈になるようですが、真否はともかくとして、なかなか興味深い解釈です。
【リンゴの唄】唄:並木路子・霧島昇 作詞:サトウ・ハチロー、作曲:万城目正 1945年
(1)赤いリンゴに 口びるよせて
だまってみている 青い空
リンゴはなんにも いわないけれど
リンゴの気持ちは よくわかる
リンゴ可愛や 可愛やリンゴ
(2)あの娘よい子だ 気立てのよい娘
リンゴに良く似た 可愛い娘
どなたがいったか うれしいうわさ
かるいクシャミも とんで出る
リンゴ可愛や 可愛やリンゴ
(3) 朝のあいさつ 夕べの別れ
いとしいリンゴに ささやけば
言葉は出さずに 小くびをまげて
あすも又ねと 夢見がお
リンゴ可愛や 可愛やリンゴ
(4)歌いましょうか リンゴの歌を
二人で歌えば なおたのし
皆で歌えば なおなおうれし
リンゴの気持ちを 伝えよか
リンゴ可愛や 可愛やリンゴ
【亀山音頭】 唄:花村菊江・加藤雅夫 作詞:西沢爽、作曲:竹岡信幸 1957年
(1) ハアー 与作愛しと 亀山通い
月に雪駄が 二十五足
(ハイ 二十五足)
小萬お聞きよ 東海道は
今じゃ旅行く 汽車の笛
ヤレレサ 亀山 ヨイトコセ
(ハイ ヨイトコセ)
(2) うぶなあの娘と 慈恩寺さんの
阿弥 阿弥陀如来は 伏し目がち
(ハイ 伏し目がち)
今日も茶畑 茶の木のかげに
そっとかくれて 紅つけた
(3) あなた野登 私は谷へ
紅葉尋ねて 石水渓(ハイ 石水渓)
鈴鹿越えよと 能褒野(のぼの)に寄ろと
暮れりゃ亀山 灯が恋し
(4) 嫁をとるなら お城の空に
霞む桜の やさ姿(ハイ やさ姿)
婿がほしけりゃ 男の男
天を睨んだ 大公?綱
【亀山小唄】 唄:島倉千代子 作詞:吉儀幸吉(ヨシギコウキチ)、作曲:細田義勝 1957年
(1) ヨイサノセー ヨイサノセー
鈴鹿山なみ 屏風に立てて
ヨイサノセー
解いたしごきの鈴鹿川 ソレ鈴鹿川
桜ちれちれ お城の濠に ヨイサノセー
町のネオンの 花も散る
(2) ヨイサノセー ヨイサノセー
伊勢の茶どころ あの唄どころ
ヨイサノセー
茶摘み可愛や 紅たすき ソレ紅たすき
(3) ヨイサノセー ヨイサノセー
花の亀山 出てゆく汽車を
ヨイサノセー
じっと見送る 一里塚 ソレ一里塚
帰る?も 来るかりがねも
ヨイサノセー
伊勢の参りの一休み
【東京ブギウギ】 唄:笠置シズ子 作詞:鈴木 勝、作曲:服部 良一 1948年
(1) 東京ブギウギ リズムウキウキ
心ズキズキ ワクワク
海を渡り響くは 東京ブギウギ
ブギの踊りは 世界の踊り
二人の夢の あのうた
口笛吹こう 恋とブギのメロディー
燃ゆる心のうた 甘い恋の歌声に
君と踊ろよ 今宵も月の下で
東京ブギウギ リズムウキウキ
心ズキズキ ワクワク
世紀のうた心のうた 東京ブギウギ
ヘイー
(2) さあさブギウギ たいこたゝいて
派手に踊ろよ 歌およ
君も僕も 愉快な東京ブギウギ
ブギを踊れば 世界は一つ
同じリズムとメロディーよ
手拍子取って うたおうブギのメロディー
燃ゆる心のうた 甘い恋の歌声に
君と踊ろよ今宵も 星をあびて
東京ブギウギ リズムウキウキ
心ズキズキ ワクワク
世界のうた楽しいうた 東京ブギウギ ブギウギ
陽気なうた 東京ブギウギ ブギウギ
世紀のうた 歌え踊れよ ブギウギー
【解説】引用:http://www.fujiura.com/fgod/songs/ztokyoboogiewoogie.htm
東京ブギウギが発表されたのは1948年。日本にはまだ進駐軍がいました。服部良一が笠置シヅ子のために書いた最初のブギです。
「異常に売れた」と言っていいでしょう。一種の社会現象ともいえるヒットとなりました。この曲のパロディは新聞の見出しなどにも頻繁に使われ、この歌は「占領下にあることを日本がどう消化していくか」という見本になった感もあります。
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